アジア・ショートエッセイ
 

 


   

 

 

                   なんにもないアジアの街        

 

 

「何もないところ」と言えば、ラオスのサワンナケートに止めを刺すだろう。ラオスにはだいたい何もない場所が多いけど、この街の何もなさ度は群を抜いていた。そもそも、どんなに退屈な街でも「市場」くらいはあって暇な旅行者を楽しませてくれるものだが、この街にはその「市場」すらなかったのだ。地図を頼りにそれらしき場所に出向くと、そこには巨大な空白があった。何でも新たにショッピングセンターを建てるとかで、市場の建物は空洞になっていたのだ。まるで爆撃された後のような閑散とした建物の前で、僕は途方に暮れていた。

 さらに困ったことがあった。この街は確かに何もない街なのだが、なぜか「野良犬」だけは豊富にいたのだ。奴らは昼間は息をひそめていたのだが、夜になると大量に姿を現す。毎晩ディスコに踊りに行き、夜遅く帰るのを日課としていた僕は困ってしまった。千鳥足で歩いていると、闇夜の中から犬たちが静かにうなる声が聞こえる。サワンナケートには、もちろん「街灯」なんて洒落たものはなかなかない。奴らは僕に狙いを定めているのだ。少し足を速める。すると、うなり声たちも嬉しげについてくる。これはいかん、と慌ててわざとらしくゆっくりとした歩調で歩き始める。すると、うなり声はさらに嬉しげにゆっくり近づいてくるのだ。いったいどうすればいいんだ。

 (『旅行人』2001年4月号)

 

『旅の病気』について真剣に考察する

 

ケース1)ロシアの健康

 「旅の病気」というのとは少し違うけれど、逆に旅に出ることによって病気が治ってしまったということを書きたいと思います。

 ロシア旅行をしようとしていた時のこと。僕は延期しようかと思っていた。何週間もの間、風邪が全然治らなかったからだ。こんな時、あのバリバリ寒いことで有名なロシアに行って大丈夫か、悩んでしまう。しかも敵は、極寒の2月のロシアなのだった。でも、なんとなくキャンセルする勇気もないまま、出掛けてしまったのだ。

 奇妙なことに、日本であれほどしつこかった風邪が、ロシアに行くと数日で治ってしまったのだ。どうしてだろう。

 僕は思うのだけど、ロシアと日本では、「寒さの質」といったものが違うのかもしれない。なんとなく、ロシアのほうがはるかにこの世のものとは思えないほど寒いというイメージがあるけど、実際にはモスクワの冬は空気がピタッと止まって風がなく、湿度も非常に低いので、体感温度としてはなぜか日本のほうが寒く感じてしまうのだ。また、気温はモスクワのほうがバリバリに寒いので、さしものの日本のウィルスもロシアでは生きていけず、旅行者はハッピーなのかもしれない……。というわけで、これからは風邪の治療のためロシアに行くという、奇妙なツアーがはやるかもしれない。あまりおすすめはできませんが。

 

ケース2)アンコール・ビールの謎

 僕はカンボジアで、下痢が止まらなくなっていた。だが、そんな僕がベトナムに辿りついたとたん、あっと言う間に下痢は治ってしまったのだ。

 なぜだろうか。ひとつ考えられるのは、僕がカンボジアで毎日愛飲していた〃アンコール・ビール〃である。僕はそのころ、朝起きてすぐにご飯も食べずに食堂でビールをあおる、といったデカダンな生活を送っていた。そして飲むのはいつも、一番安いアンコール・ビールだった。後で聞くと、このビールには保存のために奇妙な薬品が入っていて、そのことが知られたカンボジアでは、暴動寸前まで行っていたらしい。あの不思議な、ほろ苦い微妙な味は薬品の味だったのか。本当かどうかは分からないけど、デカダンな生活だけは改めようと思ったのだった。

 

 

僕のお薦めアジア街ベスト1

 

 シハヌークビル(カンボジア) 

「アンコールワットがある!」というだけで何もないシェムリアップや、うるさくてうるさくてこの世のものとは思えないプノンペンにうんざりしたら、すぐにバスに乗ってカンボジアの南端に行くことをお勧めします。そこにはシハヌークビルという街があります。ここが僕のアジアの街ベスト1です。

 ここには美しく輝くようなビーチがいくつもあって、カンボジアとしては信じがたいほど素敵なリゾートライフが送れます。海のある街だから当然のごとく魚もうまく、人々もおおらかで明るく開放的です。某ゲストハウスではなんと無料のガンジャ・サービスがあるという至り尽くせりぶりです。まともな人もイカレた人も、快適な時が過ごせるでしょう。

 外国人旅行者の数は少なく、日本人に至ってはほとんどいません。今がねらい目でしょう。アンコールワットなどの遺跡に全く興味がなく、シェムリアプに流れるどことない奇妙な閉塞感が好きになれない人には、うってつけでしょう。アンコール以上の一大観光地になる日は近いと思います。