プノンペンのインターナショナルな女性
プノンペンは素敵な街だ。まともな奴は、誰一人いない。その日、夕闇の中に現れて去っていったおばはんも、その一人だった。
僕がこの街の有名なゲストハウス= キャピトルのレストランで、ひとり寂しくお茶を飲んでいると、そのおばはんは勝手に話し掛けてきた。日本語がペラペラだ。なんでも、日本人の友達が欲しいという。
話してみると、このおばはんは極めて優秀な人材であることが判明した。日本語のみならず英語もペラペラで、本名をサオワニーといい、タイ人だ。普段はバンコクのオフィスで働いているバリバリのキャリア・ウーマンだが、今はプノンペン支社に赴いている。彼女の会社はなぜかワールドワイドな会社で、パリにも支社があり、サオワニーもここに勤務していた。彼女は日本のJTBで働いたこともあり、タイではサオワニー、パリではベン、日本ではユミコと呼ばれるという、絵に描いたようなインターナショナルな女性なのだ。
だが僕が、「ところでパリのオフィスはどこにあるんです?」と純粋な好奇心から聞いてみると、彼女は急にどぎまぎして「ほ、ほら、あの東京タワーに似た塔があるでしょう、あの近くよ」と言い始めた。パリに住みながら、エッフェル塔を知らないらしい。なかなかステキな人だ。また、彼女はかつて日本で働きながら、「池袋」という地名を知らないことも判明した。う、あやしい……。
むちゃくちゃあやしいのだが、面白いので一緒に夕食を食べに行くことにした。おそらく、このおばはんは詐欺師だと思う。なんとかして、僕から金を掠め取ろうという算段なのだろう。睡眠薬強盗かもしれない。いずれにせよ、僕には見え見えだったので、かえって楽しめた。食事代も、全部むこうが払ってくれた。なかなかいい人じゃないの。読者のみなさん、よかったら今度、紹介しますよ。
(「リキシャ」2001年6月号掲載)